
【購入に関するご案内】
この特集を掲載してから、多くの方より購入に関するお問い合わせがありましたので、販売価格を掲示してご注文を承ります。
基本的にはネット販売はしておりませんので、できれば鎌倉もしくは横須賀の画廊へお越しください。ただ、遠方の方につきましては、ご相談の上、こちらよりお持ちする、もしくは宅配便で発送するなどの方法で作品をお渡ししたいと考えております。
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作品の価格や搬送方法など個別にご相談し、きめ細かく対応いたします。
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山高登 『東京の居心地~画かきの旅』(本阿弥書店)より
近代誕生しているビルや新開発タウンはそのどこに周囲と調和した近代都市美があるのだろうか。
ひそかに暮らしていた人達を追放した鉄とコンクリートの塊は、バブル経済の遺物として怪獣映画のセットのように、建ったときから巨大なスラム化が約束されえているように見えて、世界を代表するマンモス都市の象徴としては余りにもお粗末である。
この国の現実は、どこかよそよそしく他へ向かって歩むように思えてならない。
自分の描きたいものは、人間の息づかいの聞こえる風景であり、言いかえれば小ざかしい為政者が破壊整理したがっている部分なのである。
生まれ育った地を見つめて少しでも夢を木版画に留めて残したいと思い一人で黙々と制作を続けてきた。
私はただリアルな写生を試みている訳ではなく、他人の余り描かない風景の中に美しいものを発見し、自分の歌を歌うことを主眼にしているつもりである。
だから名所旧跡はあまり興味がなく、路地や何でもない処に足が止まってしまい、東京でも場末ばかり歩いている。因果な性格である。
(文章は『東京の居心地』からの抜粋ですが、一部先生からのお手紙などの文章も交え編集させていただきました。)
たまたま旅の途次で出会った風物に魅せられると、最初の感動を心に焼き付けて描きあげるけれど、その時たずねた町の風土や空気をできるだけ吸収して回るのを常としている。
描くより歩いている時間のほうが長いかもしれない。
![]() T駅新緑 |
![]() 御輿をつくる家 |
生まれた土地を心の一隅に刻み込んで置きたい願いからはじめた自分の版画作品に、題名にはほぼ旧町名をつけているのは、自然な想いからである。
![]() 羽子板市(部分) |
![]() 雨後の寺町 |
人っ子一人住めない超近代都市東京が完成していく時代に、一画工の抵抗など“ひとえに風の前の塵に同じ”であると解ってはいるけれど、人を滅ぼす賢者より、自然の風化とともに消えていく愚者でありたいと念じている。
![]() 鵠沼の江ノ電 |
![]() 黄落 |
そのころ海辺の町や漁村の雰囲気に漠然とした憧れを持っていた。春の日永には焼玉エンジンののどかな音が浦安の海へ下っていく。浦安は遠浅の海に活きる海苔と貝の町で、町全体に醤油の香りが漂っていた。
古い漁師の家が瓦を連ねて、家の裏の細い掘割には浅底のべか舟が汚れた白帆を垂れてひしめいていた。作家の山本周五郎が愛したのはこんな町であった。
![]() 糸柳 |
![]() 桜まつり |
私は自分で発見した視角の陰影の奥に、浅薄無頼な現代文明への疑問と抗議を込めてバレンを動かしているのだと信じている。
![]() 舟だまりの歳晩 |
![]() 鹿沼の秋祭り |
私は自分で発見した視角の陰影の奥に、浅薄無頼な現代文明への疑問と抗議を込めてバレンを動かしているのだと信じている。
![]() 春畫 |
![]() 霜月の六区 |
昔から歩き回るのが好きだが、ことに第二次世界大戦後の荒廃しきった日本をみてから、失われていく美しくひそかな人のくらしが一層いとおしくなって、暇をみつけては心のよりどころを求めて歩くようになった。
![]() 善光寺門前 |
![]() 店蔵 |
私は旅に出るといつのまにかその土地の空気に溶け込んで行動しようとしている自分に気がつく。そのためか土地の言葉の通行人から道を聞かれて面食らったりすることがあるけれど、たとえば広重の風景版画の中に描かれている豆粒ほどの点景人物のひとりになったつもりで、思いがけない俄雨に軒下を探してかけ出したり、美しい大夕焼けに佇ち尽くしたりしていると、いつしか一人旅の寂寥感と充実感が身体の中に染みわたって、絵になる風景が私の方に近づいてくるからふしぎである。
![]() 冬の渡船場 |
![]() 北郊暮色 |
私が価値の知られ尽くしている名所や旧跡にそれほど画欲をそそられないのは、絵は発見だと思っているからかもしれない。
![]() 年賀状より |
楽しい明治建築。
戦前の建築、ことに明治の早い時期のものの面白さは、当時の工人たちの貪欲な好奇心や研究心がためらうことなく具体化されていることで、木骨に盛り上げた漆喰で西洋建築の石積みを一心に模してみたり、寺社建築の様式や手法を洋館に大胆に取り入れたりして腕のたしかさを証明している。そのちぐはぐさからくる思いがけない新鮮味や夢幻さは、ヘンゼルとグレーテルが見つけたお菓子のように私の画欲を刺激する。
![]() 早苗田 |
絵画は一期一会の出会いに心象を託した結果であるから、もし仮に一枚の作品を生んだ現場を探し出してそこを尋ねてみたところで、実景はまったく退屈きわまりないものかもしれない。
少しは本職の版画のことを書かなければ・・・。
一口に版画といっても銅板を薬品で腐食した凹部に油性のインクを詰めて刷る銅版画、石や亜鉛版に描いた絵を刷るリトグラフなど色々な版式がある。
木版画は画家、彫師、摺り師の三者が一体となって制作する伝統木版と、画家が作画から彫り摺りまでを一人でやる創作木版の二通りに大別できる。
前者の代表的な例は、広重、北斎、歌麿らの浮世絵であり、伊藤深水、鏑木清方、東山魁夷、平山郁夫らの作品を求めやすい価格に縮小して複製にした木版がみな職人の手になる伝統方式である。機械製版が発達した今日でも木版による複製が好まれるのは、手作業の味が珍重されるからで、アート紙に西洋インクで摺った歌麿より木版の複製のほうが好ましいことは理解できるだろう。
後者の創作版画のごく解りやすい例は棟方志功の仕事ぶりかもしれない。(近代では)斉藤清や池田満寿夫らは版画一筋で世界にその名を知られている。そしてその最末端に木版画で生きる私がいるというわけである。
むつかしいことを考えなければ版画を彫ることは実に楽しい作業で、ことに彫り上げた板に刷毛で絵具をつけて紙を載せ、試し摺りをするときはいつも期待で胸がどきどきするのである。ついつい夜明かししてしまうのも毎度のことである。