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田村能里子 『壁画の時空』
田村能里子 『壁画の時空』

壁画を描くということ

田村能里子 『季の風奏を描いて(1997年)』より抜粋

流星煌々-たそがれ

人は何かに突き上げられ信じた事を無我夢中でやって、あとで振り返り徐々にその意味を知る・・・思惑や計算を超えたところで展開する人生を、昔から宿命とか業などという言葉で表現したのです。
私は壁画を始め十数年経って今その思いを深くしています。

色々な伏線が有ったように思います。私の絵画航路は古代文明の痕跡が全土を覆っているインドから船出したこと、ラジャスタン砂漠のジョンジュヌという、村中が壁画で埋め尽くされた空間に降り立ったことも伏線の一つでした。
不毛の砂漠を『豊饒な楽園』に作り変えてしまう壁画のパワーに圧倒され、いつか自分もそうした力を発揮する機会に出会いたいとの思いが芽生えました。

その後中国への絵画留学の折に立ち寄ったシルクロードの道すがら、西安の墓陵壁画、敦煌の石窟寺院やアスターナ遺跡に触れ、改めて苛烈な自然の中に残っている壁画の強靭な美しさに打たれ、是非やってみたいとの思いがいよいよ深まりました。

揺れるゴンドラでの作業

しかし、壁画の仕事を夢みてから実際の製作に取り掛かるまでには、相当の年月と充電を要したのです。実際に手掛けてみて壁画制作とは、建築現場の色々な制約の中での苛酷な力仕事であり、相当の体力と忍耐力を要するということが分かりました。

『西安のホテルに壁画を描いてみないか』という話が舞い込んだのは、私が四十台半ばの頃であり、これから壁画に分野に深く踏み込んでいくには、時間切れギリギリのタイミングだったと思います。西安では現場の劣悪な環境と厳しい気候の中で一年半の長期にわたる格闘でしたが、自分なりに納得できるものが得られたのは実に幸運でした。

私の壁画も今回で23作目(2007年は50作目に挑戦中)となります。何故壁画を描き続けるのか? 私は『今日一日好きなことを精一杯やって燃焼したい』という本能的な欲求に赴くことだと思います。

やってもやらなくても良いものに没頭することはそのことが本来的に好きでなくては続きません。絵描き魂とは自分に厳しく好きなことにやる心だと思います。

とくに壁画はひとの『好きなこと』の一番原初の表現方法であったことが、発掘された洞窟壁画から知ることができます。その行為の純粋さは、数万年経た人類が失ってしまったものではないかと思うほど、強靭で的確でそれでいて流麗な絵線から窺われます。壁画を描いていると古代の絵師と掌を通じて会話しているような錯覚に陥ることがあります。

壁画はそうした時空を超えた想像力を描き手に与えてくれるだけでなく、壁画のある空間や空気を自由に支配して、そこにいる人々にパワーを与えたり柔らかく癒したりする力を持っています。そんな素敵な壁画の仕事を、美神がお許しいただける限り続けていきたいと思っています。

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